地球の資源を無駄にしないためにも、ゴミとして出したものは可能な限りリサイクルされることが理想です。 

 

多くの資源が消費される現代では、難しいことのように思えてしまいますが、実は過去の日本はこれを実践していました。 

 

江戸時代は理想とも言える徹底したリサイクル社会で、それを支える職人がたくさん存在していたのです。 

 

江戸時代のリサイクル社会を支えたエコな職人たちや職業をご紹介します。 

 

江戸のリサイクル社会を支えた職人たち 

江戸の町は当時のパリやロンドンに比べて、とても清潔だったと言われています。 

 

また、鎖国によって資源やエネルギーは限られた中でやりくりしなければなりませんでした。 

 

そんな社会を260年も続けられたのは、多くのリサイクル職人たちによるエコ技術や、無駄を出さない職業があったからだと考えられます。 

 

それでは、江戸時代を支えていたエコな職人や無駄を出さない職業をご紹介します。 

 

・瀬戸物焼接屋 

焼接屋(やきつぎや)は、瀬戸物を直す職人です。 

 

お皿や茶碗が割れてしまったら、現代では修理することはほとんどないでしょう。 

 

しかし、江戸時代では割れたものは焼接屋によって修理されていました。 

 

この技術は焼接、または焼継と言って、お皿の割れ口に白玉粉と言われる鉛ガラスの粉末を塗布し、加熱することで溶けた鉛ガラスの破片同士を接着させるのです。 

 

この方法で直したお皿や茶碗は、焼接の色が目立たず、値段も安かったため、江戸で広まりました。 

 

それは、新しい瀬戸物が売れなくなるほど、多くの人が利用したそうです。 

 

・鋳掛屋 

鋳掛屋(いかけや)は鍋や釜のような鋳物製品を修理する職人です。 

 

穴の空いた鍋や釜を直すために、鋳た(溶かした)金属を掛けることから、鋳掛屋と呼ばれていました。 

 

江戸時代の鍋や釜は、鋳鉄製であり今ほど強度はありませんでした。 

 

また、泥棒に入られると、真っ先に鍋や釜が狙われるくらい、とても貴重なものでした。 

 

そのため、鍋や釜に穴が空いたくらいでは買い替えることはなく、鋳掛屋に修理をお願いしていたのです。 

 

・古着屋 

古着屋は現代でもあるものですが、江戸時代の庶民にとって着物は貴重であり、古着屋は大変有り難いものでした。 

 

どれくらい貴重なのかというと、古くなった着物は子供用にして、それすら使えなくなるとオシメや雑巾にして使っていたほどです。 

 

さらに、着物を仕立てる際に出た切れ端を買取する「端切れ屋」も存在していました。 

 

・紙屑拾い・紙屑買い 

資源が限られている江戸では、紙も貴重です。 

 

そのため、紙屑拾い・紙屑買いと言われる回収業者がリサイクルに貢献していました。 

 

紙屑拾い・紙屑買いは天秤棒を担いで家を回り、不要な紙や使用済みの紙を秤にかけて買取します。 

 

他にも町中のゴミを拾い集め、古紙問屋へ売ることも、紙屑拾い・紙屑買いの仕事でした。 

 

回収された紙は、漉き返し(すきかえし)という技術によってリサイクルされ、再び利用されていました。 

 

・羅宇屋 

キセルを修理する職人を羅宇屋(らうや。または、らおや)と言いました。 

 

羅宇とは、キセルの吸い口と火皿の首になる雁首(がんくび)をつなぐ部分で、ここに詰まったヤニを掃除して、交換するという職人が羅宇屋です。 

 

ちなみに、羅宇の語源は現在のラオスが羅宇国と言われ、そこで使われていた竹を使っていたから、ということが定説です。 

 

・すき髪買い 

すき髪買いは髪の毛をリサイクルする職人です。 

 

江戸時代では、身分問わずほとんどの女性が髪を結いあげていました。そのため、上流階級の女性は儀式でかつらを使うこともあり、このような職人が必要とされていたのです。 

 

女性が髪をすいて抜けたものを「おちゃない」と呼ばれる業者が集めて、すき髪買いが買取、かつらが作られていました。 

 

・雪駄直し職人 

雪駄(せった)を直す職人は「でいでい屋」と呼ばれていました。 

 

これは、雪駄直し職人が「でーいでーい」と叫びながら客寄せをしていたことから、そのように呼ばれていました。 

 

「でーい」とは「手入れ」が訛ったものと言われています。 

 

・下駄の歯入れ  

下駄の歯は使っていると、すり減ってしまいます。 

 

歯がすり減っただけで下駄を買い替えることは、非常にもったいないことです。 

 

そこで、歯の部分だけを抜き取って修理する職人がいたのです。 

 

・灰買い 

灰買いはその名の通り、灰の買取です。 

 

燃やした布やかまどの灰を買い集めるため、彼らは常に顔が真っ白だったそうです。 

 

灰はアルカリ性であり、肥料として使われ、着物の色抜きや洗剤のように使われたため、このような仕事が重宝されたのです。 

 

・提灯の張り替え職人 

提灯(ちょうちん)は、今の世の中で使われることは珍しいものの、その形や用途を知らない人は少ないでしょう。 

 

提灯は蝋燭を障子紙で覆っていますが、それが破れてしまうことがあります。 

 

その紙の張替えや、屋号を書き換える仕事が、提灯の張り替え職人によるものでした。 

 

・下肥買い 

下肥買い(しもごえがい)とは、人間の排せつ物を買取する仕事です。 

 

資源を大切にする江戸時代では、排せつ物を回収して農家へ売り、肥料として使われていました。 

 

そこで新たな農作物が作られるため、排せつ物も徹底してリサイクルされていたと言えるでしょう。 

 

・古傘買い 

現代の日本は、使い捨て傘の消費が激しいと言われていますが、江戸時代では傘もしっかりとリサイクルされていました。 

 

傘買いは、古くなった傘を下取りし、紙や骨を直して新品のように修理しました。 

 

時代劇でも浪人が内職として傘張りを仕事としている場面が見られます。 

 

・蝋燭の流れ買い 

蝋燭の流れ買いは、燃える蝋燭から溶け出す蝋を買い集めます。 

 

そして、それを新しい蝋燭としてリサイクルしていたのです。 

 

江戸時代では蝋燭は貴重なものでした。庶民は魚油を使うか、暗くなったら眠るしかありません。 

 

そのため、蝋燭もしっかりとリサイクルしていたのでしょう。 

 

・箍屋 

江戸時代では、水のような液体を運ぶために、桶や樽を使用しました。 

 

桶や樽は、箍(たが)と言われる金属や竹の輪によって締められていましたが、これが折れたり歪んだりしてしまったら、修理が必要でした。 

 

そこで箍屋が利用されたのです。